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エッセイ

1年主管 岩垂雅子|「知恵くらべ」

 父母面談の折「息子が髪を茶色に染めて心配です」と打ち明けられることが少なくない.個人的な好みとしては「自然な色が一番」と思う私も,主管としては 基本的に「そういう年頃ですから・・・」となだめる側にまわっている.ひと昔前は「不良」というイメージが根強かった茶髪だが,今では自己表現や流行の側 面が強くなっていることは言うまでもない.とはいえ,急に子どもの外見が変わったことによって,内面が良からぬ方向に向いているのでは,と不安に思う親心 もわからないではない.
 私の高校時代を振り返ると,朝の登校時に日直の生徒と教員が門に立って挨拶の励行と違反物のチェックをしていた.「違反物」とは指定外の鞄や髪留め,極 端な丈のスカート等である.違反が見つかると没収もしくは厳重注意である.今となっては懐かしい思い出だが,現役生徒時代は門で目を光らすお姉さま達がか なり怖い存在だった.
 そのような規則に囲まれて高校生活を送った私が,自由な校風の高等科に勤めるようになった当初は実に戸惑いの連続だった.髪の毛の色や鞄の種類に始ま り,部活後の腹ごしらえの寄り道に至るまで,それらを律する規則はない.規則がなければ当然「違反」もない.生徒は自由の恩恵に浴し,なかには溺れる者も 出てくる.すると,親や教師との間に「摩擦」が生じる.この「自由への代償」ともいえる世代間の摩擦や葛藤をどう解決していくか.ここからは大人と子供の 知恵比べである.親や教師は必死になって理論武装に励む.子供は大人の論理の僅かな隙を鋭く突いてくる.高校生にもなると,議論の語彙も豊富になっている だろう.何時間も,何日にも渡って話し合いが続くかもしれない.あるいは子どもが反抗期であれば話し合い自体が成立しないこともあるだろう.埒があかず大 人が「駄目といったら駄目なんだ!」と放言したり,子供が「うぜぇ!」と家を飛び出して逃げたら「負け」である.
 私も日々職場で大なり小なり生徒と好戦を交えている.通りすがりに二言三言で済ますものもあれば,生徒を呼び出して真顔で向き合うこともある.時には辛どいと思うこともあるが,高等科で「自由」の意味を考えてもらう好機を逃す手はない,と考えている.

2年主管 山本章博|「我が身を省みる」

 二年生は,高校生活の折り返し地点を過ぎた.二学期になって,さすがに大人になったなあと思う.それは,部活や委員会などで三年生が引退し,責任ある立 場になった人が多くなったのも一つの理由であろう.後輩をまとめる立場となり,困難にぶつかっている人も多いようだ.一年生がついて来ない,言うことを聞 かない,思い通りに動いてくれない,など.いくら自分の主張がしっかりとしていても,それを理解させることの難しさを感じることがあるだろう.
 教員も日々同じようなことを感じながらいる.がんばって授業しているのに,なんでこいつは寝てばかりいるのだろう.なんで掃除を毎回サボるのだろう.親もまた然り.なんでうちの子は勉強しないのだろう.なんで本も読まずにゲ─ムばかりしているのだろう.
 生徒からも教員からも父母からも「いくら言っても聞かない.」という怒りといらだちの声は多い.以前たいへん世話になった小岩の不動産屋のおやじさん は,その点あきらめていた.賃貸マンションの契約で初めて会った時,「へえ─学校の先生かい.すごいね─.たくさん勉強したんだ.うちの子なんて全く勉強 しないねえ─.まあ,おれもうちに帰ってビ─ル飲んで寝っころがって野球見てるだけだから,子どもが勉強するわけないよな─.」とあっけらかんと笑ってい た.この謙虚さがまずは大切なのだろう.言うことを聞いてくれないのは,自分の力がないからだ.後輩がついて来ないのは,自分に魅力がないからだ.生徒が 授業を聞かないのは,自分の話しがつまらないからだ.子どもが勉強しないのは,自分が勉強してないからだ.もちろん原因はそれだけではないだろうが,我が 身を磨き続けることを忘れてはならない.

3年主管 長瀬忠之|「短波通信の魅力」

 有害な紫外線を吸収するオゾン層が地上から30㎞ほどの高さにある.そのさらに上空およそ80~360㎞ほどの高度にわたって,電子密度の濃い電離層が何層か分布し,中波や短波の電波を反射する.
 私はこの電離層反射波を利用して短波による海外との無線通信を楽しんでいる.自宅から15mの鉄塔上に設置したアンテナから発射された波長20mの短波 は,高度200㎞程の中層の電離層で反射し,地表との間を往復して遠方に達する.通常は英語を用いる.TVアンテナの化物の如き巨大アンテナを目的方向に 設定すると,モーターの微かな回転音を伴いその向きに照準が合う.電子密度が適度な時には効率よく反射して地球上を駆け巡り世界が身近に感じられる.逆の 場合は通信が困難で,電離層の状態,ひいてはそれを支配している太陽活動の盛衰もみてとれる.長いスパンで観るとこの周期は11年,太陽黒点数の増減周期 とも符合している.
 折りしも10月27日,太陽面で大規模な爆発現象(フレアー)があり,TV・新聞でも大きく報道された.望遠鏡を通して投影された光球面には地球の数倍 以上もの大黒点が複数個出現,果たして電離層に異常をきたし,ヨーロッパ,アフリカ方面の伝播経路が障害を受け短波帯の通信が一時途絶した.
 ところで電波は通常大圏コースを通るので地球の裏側(対蹠点)に当たる南米との交信は比較的容易だ.時たま計算外のルートを伝播すると,相手方からの信 号には僅かな距離差による干渉の結果,位相のずれを生じエコーが加わる事があり,これがまたなんとも名状し難い心地よい音色として伝わってくる.
 こんな事を私は50年近くやっている.通信技術やモールス信号の送受信については大抵の人には負けない自負もある.その実績を評価され,この世界では権 威ある表彰をアメリカの連盟から受けた.弛まぬ努力と研究の結実だと,自分勝手に思っている.パソコンによるメールの交換と異なり,不確実な無線通信には 限りない魅力がある.戦乱のアフガニスタンや緊迫の中,イラクと交信した感動を抱きつつ,世界中に友達の輪を広げていきたい.
 諸君も一生の友,生涯の趣味を見つけたら大切に育んでいって欲しい.
  間もなく冬至,日暮れも一段と早くなり,年の瀬の雑事に忙殺される日々が増す.その前に,子(ね)の権現はじめ奥武蔵の古刹を巡ってくるとしよう.

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