科長告辞
学習院高等科
科長 林 知宏
高等科3年生のみなさん,卒業おめでとうございます.学習院の一つの象徴である桜が,みなさんの門出を祝福するかのように開花しました.この喜ばしい卒業に際し,私からのみなさんの将来への期待を話したいと思います.
今日,グローバリゼイションの名の下で,人やお金や情報が容易に国境を越えていく時代になりました.そしてその時代に即した人材を求める声は日々大きくなるばかりです.ただ,肝心の求められる事柄は実に多岐にわたります.語学力,積極性,危機管理,多様性に対する理解,自分自身のアイデンティの確立,どれもが不可欠に違いありません.それらすべてを総称して,「リーダーシップ」とも呼ばれています.とはいえ,一方で,アメリカの大統領予備選挙を見ると,そうした多くの要素をバランスよく備えていることよりも,時には極端に聞こえる強い主張や単純さが支持されている様子も見受けられます.それは現状に対して閉塞感を打破したいという欲求がもたらす結果なのかもしれません.同時に予測のつかないことに遭遇するのではないかと懸念が,ともすると人々を内向きにする傾向を作りだしてしまうからかもしれません.実際,世界の中で起きた出来事は多くの不安を引き起こします.特にこの1年,パリで起きた事件や,中東シリアの紛争やその結果生じた多数の難民の姿は本当に痛ましいものでした.世界が思想,宗教,民族,経済的利害関係,大国の思惑,様々な点から対立を深め,およそ解決の糸口がつかめない状況を知るにつけて,未来に向けてどう進んでいけばよいのかと誰しもが思うことでしょう.
人は国,民族,宗教が違えども同じ人間として共通する普遍的な面もあるはずです.対立と協調と,それら両面によってこの地球上の数十億の人間が構成する社会が成り立っています.互いに分かり合える部分と分かり合えない部分とを意識しつつ,多極化していくこの世界の現状に対して,みながどのように対処して生きていくかが問われていると感じます.国という制度はあくまでも人間が作り出したものです.国境線によって区切られることない現象も多々あります.個としての強靭さを備えつつ,同時に帰属する集団の一員としてどのような役割を果たすことができるか,さらにはその集団をも超えた有機的な結びつきを形成して,何らかの行動につなげることが重要なテーマであると思います.
私は,真に社会が望む貢献を高等科の卒業生が果たして欲しいと心から願っています.長年蓄積した閉塞感を打破することができれば,爽快感が伴い,脚光を浴びることもあるでしょう.しかしそれは一時的なものでしかありません.本質はさらに向こう側にあると感じます.その風穴の開いた先はおそらく道が平坦でないでしょう.ときには,道そのものがついておらず,あらたに道を作らざるを得ない場合もあるかもしれません.みなさんがその担い手になることができるかが問われるのだと思います.あの3月11日の出来事から5年を経ても,街の復興を遂げられたとは言えず,なお17万人を超える人々が避難生活を余儀なくされています.みなさんも2年生の時の研修旅行で実際に目にした沖縄の基地問題に関して,辺野古への移設協議の成り行きは依然不透明です.または原子力発電所の再稼働とエネルギー問題,どれをめぐっても簡単に解決を見いだすことができそうにありません.そうした長期にわたる困難な問題を引き受けるためにも粘り強い思考が必要で,そのためにも精神の奥行を持つことが求められているはずです.自然科学の分野では,重力波の観測に成功したという報道を耳にしました.アインシュタインの一般相対性理論から予測されていたにもかかわらず,100年の歳月を経てようやく実現しました.この間,どれほど多くの研究者がそこに関わり,試行錯誤を繰り返し,苦闘してきたか.そのように国内に,そして世界に,みなさんが学んで取り組むに値する事柄が多くあります.何事も拾い集めて,心の引き出しを用意して,その中にしまっておくことで,道なきところに道を切り拓く力を備えられるのだと考えます.
父母保証人の皆様,本日の卒業式には学校法人学習院を代表し,内藤院長をはじめ,耀常務理事,平野常務理事,岩浅常務理事が出席しております.また来賓として東園櫻友会会長,小堀父母会会長,一條中高櫻友会会長にもこの壇上に列席いただいています.私たち学習院高等科の教職員一同,心からご子息のご卒業をお祝い申し上げます.高等科の3年間において,彼らは確かな成長の跡を残したはずです.そのことは父母保証人の皆様の目から見てもお感じになるのではないでしょうか.同時に皆様は,高等科を卒業する彼らに対して,さらに学ぶべきことが多くあるとお考えになっているのではないかと存じます.私たちは彼らが担う未来に大きな期待を抱きつつ,いつでも可能な助言をしていく所存です.彼らの成長を見守る作業は,これからも続いていくものと考えております.
卒業生のみなさん,この高等科卒業をもって,一つの区切りをつけるときが来たのではないでしょうか.今日でみなさんの子供時代は終わりです.大人になるために扉を開けて,前へ進んでほしいと思います.実際,みなさんはすでに選挙権を手にしています.法律の面からも大人の入り口へと後押しされたのです.これからもそれぞれの人生において,互いの進んだ方向や歩みのペースは異なっているでしょう.そしてある局面だけを見るならば,ひとと比較して自分の方がより前に進んだとか,自分だけが停滞してしまっているとか様々な感情をその場その場で抱くかもしれません.それでも,いつの日か20年後,30年後,過ごしてきた人生をこの仲間たち同士で確認する時が来るでしょう.その時,互いに幸福な時間を過ごしてきたという実感を持つことができればと思います.だからこそ偶然同級生となったこの縁を,ここで築いた人と人のつながりを大切にして欲しいと願っています.長い歩みの中で,ふと後ろを振り返れば出発点に高等科が位置していると感じる機会があるでしょう.みなさんが戻ってくる場所は,やはりこの高等科です.今後とも高等科とみなさんとの結びつきが末永く続くのであるならば,それは私たち教職員一同にとって何よりうれしいことです.
卒業生のみなさんの未来の活躍を心から願いつつ,私の告辞とします.