科長告辞
学習院高等科
科長 林 知宏
高等科3年生のみなさん,卒業おめでとうございます.春の訪れが間近になってきました.学習院の一つの象徴である正門の桜も,本日の式に合わせるように開花しました.この喜ばしい卒業に際し,私からのみなさんの将来への期待や願いを話したいと思います.
この1年間,様々な出来事が国内外で起こりました.その中には事前の予想が覆され,大きな衝撃が伴った事柄もありました.EUの離脱をめぐって実施されたイギリスの国民投票,アメリカの大統領選挙は,予想外の結果がもたらされました.二つに共通しているのは21世紀になって進行したグローバル化の中で,人々が恩恵を受けておらず,不遇感が充満していること,そしてそれが集団化して投票行動につながったということです.国が外に開かれているのは,人々にとって必ずしも望ましい状態ではなく,むしろ内向きに社会を閉ざしてでも自分自身に直結する利潤を確保することが優先すると多数の人々が考えたのです.それが,世界のグローバル化を先導したイギリス,アメリカ,両国で起きたことにやはり驚きを感じました.同時にすでに選挙権を手にして,投票行動をした経験のある人はもちろんのこと,未来の担い手にとってもその出来事は,あらためて民主主義とは一体何なのかを考える一つの契機になったのではないでしょうか.
われわれの国では,企業における長時間労働の問題が話題となりました.これは,先のグローバル化によって人と資本が国境を容易に越え,昼夜の時間も問わずに過剰に行われる競争がもたらした結果ともいえます.加えて,わが国に固有のこととして,2011年3月11日からの復興というテーマが引き続き残っています.あれからすでに6年の歳月が経ち,多くの地域では避難指示も解除されています.しかし人々が元の地域に戻ってきたとは言えない状況が続いています.あの日の記憶は,心の中で簡単に書き換わることはなく,派生した重い課題はこれからも継続していくことでしょう.日本は,単調に右肩上がりの成長をしてきた段階を脱して,より成熟した次の段階へと移行していかなければならないのでしょうが,そのプロセスが順調に進んでいないと見えるのです.
私は,真に社会が望む貢献を高等科の卒業生が果たして欲しいと心から願っています.長年蓄積した閉塞感を打破することができれば,爽快感が伴い,脚光を浴びることもあるでしょう.政治の世界では,どこかに敵を作り出して対立の構図を演出するやり方で,人々の関心を集め,支持を得ようとすることが行われます.しかし一時的な効力しかないことを誰もが知っています.本質は別の所にあると感じます.あの3月11日以降,地域の再建が前例のない作業となっているように,あらたに0から道をつけていかざるを得ない場合もあるかもしれません. 2年生の時の研修旅行で実際に目にした,沖縄の基地問題に関してもスムーズに物事が進展していません.そうした解決が困難な問題にどれだけ立ち向かっていくことができるか,その担い手となるためにも粘り強い思考が必要で,精神の奥行と複眼的な捉え方が求められているはずです.みなさんにとっても,先に歩んだ私たちにとっても,われわれが属するこの国の未来に向けて,取り組むべき事柄が多くあると私は思います,過去の蓄積をきちんと受け止め,問題を的確に把握し,その上で鋭く柔軟に分析することで,突破口を切り拓くことができるのでしょう.真に独創性を発揮する場面を作るには,何ごとも拾い集めて,心の中の引き出しにたくさんのことをしまっておくこと.どこで何が役に立つかわかりません.みなさんの将来の時間が意義のあるものになるために,ぜひそのことを心にとめて実践して欲しいと思います.
父母保証人の皆様,本日の卒業式には学校法人学習院を代表し,内藤院長をはじめ,耀専務理事,岩浅常務理事,平野常務理事,荒木常務理事が出席しております.また来賓として三野櫻友会副会長,有馬父母会副会長,一條中高櫻友会会長,渡邉中高櫻友会副会長にもこの壇上に列席いただいています.私たち学習院高等科の教職員一同,心からご子息のご卒業をお祝い申し上げます.高等科の3年間において,彼らは確かな成長の跡を残したはずです.同時に父母保証人の皆様は,高等科を卒業する彼らに対して,さらに学ぶべきことが多くあるとお考えになっているのではないかと存じます.私たちは彼らが担う未来に大きな期待を抱きつつ,いつでも可能な助言をしていく所存です.彼らの成長を見守る作業は,これからも続いていくものと考えております.
卒業生のみなさん,この高等科卒業をもって,一つの区切りをつけるときが来ました.大人たちに広く守られながら,楽しく過ごしてきた日々,すなわちみなさんの子供時代は今日で終わりです.自らが大人になるために扉を開けて,前へ進んでほしいと思います.これから歩んでいく人生は長い道のりになるはずです.互いの進んだ方向やペースは異なっているかもしれません.何かを求めて自分から必死に近づこうとすることもあれば,反対に何かの方が自然に自分に近づいてくることもあるでしょう.運に恵まれることもあれば,そうでない時もある.前進すること,停滞すること,後退すること,それらが幾重に重なり,道は形作られていきます.誰もがそうした経験をしていくでしょう.ただ闘うばかりでなく,時には羽を休めて休息することも必要です.今ここにいる同級生,学習院高等科の先輩,後輩たちと過ごす時間が,未来にわたって安らぎをもたらものであればと思います.そして,20年,30年の歳月の後に,仲間たち同士で互いに幸福な時間を過ごしてきたという共通の気持ちを抱くことができればと願っています.だからこそ,偶然同級生となったこの縁を,ここで築いた人と人のつながりを大切にして欲しいのです.長い歩みの中で,ふと後ろを振り返れば出発点に高等科が位置していると感じる機会があるはずです.あそこからこれほど遠くに来た,これだけ高いところまで登ってきた,そうした確認のために座標の原点としての役割を高等科は果たすでしょう.何かの機会にみなさんが戻ってくる場所,それはやはりこの学習院高等科です.今後ともみなさんとこの学校との結びつきが保ち続けられるならば,それは私たち教職員一同にとって何よりうれしいことです.卒業生全員の未来における活躍を心から願い,私の告辞とします.